中部創価学会TOP | 広布史


昭和37年1月14日 第1回中部男子部幹部会(西枇杷島町公民館)
 
昭和37年1月14日 第1回中部女子部幹部会(西枇杷島町公民館)
 
昭和40年1月20日 岐阜会館の開館式に池田名誉会長が出席。
 
昭和40年1月20日 名古屋西会館の開館式に池田名誉会長が出席。
 
昭和46年1月30日 昭和会館、中川会館を視察。
 
昭和51年1月16日 名古屋市南区の6総ブロック合同で行われた第6回婦人部総会に出席(名古屋南会館〈現・名古屋南平和会館〉)→「愛知県婦人部の日」
 
平成14年1月18日 「偉大なる指導者 周恩来」展が中部池田記念講堂で開幕。






昭和32年2月 中部広布発展を願い、三代・二代会長が和歌を詠む。
 
昭和34年2月14日 婦人部班担当員会および壮年部班長会に出席(熱田区・名古屋支部会館<後の愛知会館>)。
 
昭和44年2月11日 一宮会館を訪問
 
昭和51年2月23日 中部センター起工式ならびに名古屋北会館新装記念勤行会に出席。




昭和34年3月22日 豊橋指導会に出席(豊橋市内)
 
昭和34年3月26日 岐阜指導会に出席(岐阜市・徹明公民館)。
 
昭和62年3月8日 長編詩「幸の風 中部の空」を発表。
 
平成8年3月23日  中部国際女性会館を初訪問。


 
昭和36年4月14日 岡崎支部結成大会に出席し「1人立つときに強き者は真の勇者なり」と指導(岡崎勤労会館<現・せきれいホール>)。終了後、隣接する第2会場の中央公会堂で参加者を激励。
 
昭和43年4月12日 名古屋文化会館開館式ならびに指導会に出席。
 
昭和53年4月23日 三重の「第1回文化合唱祭」に出席。
 
昭和57年4月29日 第1回中部青年平和文化祭に出席し「平和の輝きと響きと力の文化祭」であったと祝福(岐阜県営陸上競技場)。
 
平成6年4月29日 中部21世紀大文化祭に出席。(愛知県体育館) 
 
 



昭和55年5月11日 岐阜支部結成20周年記念の支部長会に出席し、支部長・婦人部長と記念撮影(岐阜文化会館)。
 
昭和60年5月25日 「愛知池田会2期」「愛知緑風グループ」「中部池田塾」、9大学会の結成式に出席。婦人部「香峰会」、愛知県青年部の「開目抄研究グループ」を紹介(中部文化会館)。
 
平成7年5月16日 100回目となる中部訪問。
 
平成7年5月18日 中川文化会館や建設中の中部国際女性会館、中部出版センターを視察。名城公園の散策も。中部・北陸代表者会議に出席。
 
平成10年5月3日 「中部広宣流布顕彰塔」が中部池田記念墓地公園に完成。
 
 


 
昭和34年6月30日 中部総支部が誕生
 
昭和36年6月11日 第1回女子部中部総会に出席。続いて第1回男子部中部総会に出席。席上、中部音楽隊が結成(金山体育館)
 
昭和41年6月19日 三重県の班長・班担当員との記念撮影会に出席し、「心豊かに題目をあげ、伸び伸びと信心し、一家一族の功徳・福運を積むために私と一緒に進んでください」と指導(津市体育館)
 
昭和48年6月7日 岐阜本部開館1周年を記念する岐阜県幹部会ならびに文化祭に出席し、岐阜の歴史や風土を語り未来を展望するとともに、理想の郷土構築を目指す妙法の伝持者としての生き方や幸福と成仏の問題などについて指導。「妙法の実践者の進むべき道は、永遠に求道であり、抜苦与楽の慈悲行である」と語り、「全員が『行学兼備』の模範の人に」と臨んだ(岐阜県民体育館)。
 
昭和61年6月27日 岡崎支部結成25周年を祝う記念の勤行会に出席し「歴史の地より人材の大河を」と指導(三河文化会館<現・岡崎南文化会館>)



昭和42年7月10日 中部本部幹部大会に出席し、「広布の堅塁・中部たれ」と激励(金山体育館)。「愛知の日」の淵源。
 
昭和51年7月26日 学生部夏季講習会に出席しメンバーと記念撮影。また野外で車座になって懇談し、先陣の築いた創価学会の尊い精神遺産を受け継ぐよう指導。この日のグループを「学生部厚田会」とすることが決定(三重研修道場)。
 
昭和51年7月27日 記念幹部会に出席。席上、「中部旗」が手渡される。この日を「中部の日」と決定(名古屋文化会館)。
 
昭和53年7月27日 「中部の日」記念幹部会に出席。席上、中部歌「この道の歌」が発表(中部文化会館)
 
昭和53年7月28日 岐阜・東濃地域の記念勤行会に5回にわたって出席(東濃文化会館)。
 
 


 
昭和27年8月13日 名古屋で開かれた座談会に、戸田城聖第2代会長が出席(八荘旅館)。
 
昭和35年8月14日 第2回中部体育大会「若人の祭典」に出席し、「体力も教学も立派にこれからの全民衆を指導しきれるという力を養った青年部になっていただきたい」と激励(瑞穂区・瑞穂陸上競技場)
 
昭和42年8月15日 岐阜・高山会館開館式に出席。その後、犬山市内で代表を激励
 
平成9年8月27日 名誉会長の入会50周年を記念する第15回中部総会〈第14回本部幹部会〉が東京牧口記念会館で盛大に。名誉会長は「皆さまへの御礼として」と、「威風堂々の歌」の指揮を悠然と
 
平成12年8月15日 長編詩「広布の大城に勝利の一番星!」を中部の友に贈る
 
 


 
昭和33年9月14日 女子第18部隊総会および男子18部隊総会に出席し指導(西枇杷島町公民館)
 
昭和38年9月15日 第4回中部体育大会(瑞穂陸上競技場)
 
昭和39年9月6日 第1回中部文化祭に出席、グラウンドを1週しながら全参加者を激励(中川区・中日球場)夜、三重・湯の山の宿舎での中部青年部代表懇談会で指導・激励
 
昭和44年9月4日 第13回中部幹部会に出席。御書の一節を拝し、信心の究極は強い強い信念と確信にあると指導。 各人が「一人立て」の使命感に燃えて最前線で戦い、人材の堅城を築いていくよう要望(愛知県体育館)
 
昭和58年9月3日 第1回愛知県高校会総会(中部文化会館)
 
昭和58年9月26日 中部文化会館を訪問
 
昭和58年9月27日 中部の代表と懇談(中部文化会館)
 
昭和58年9月28日 中部の代表と勤行し、異体同心の団結で堅塁・中部のますますの発展を望み激励(中部文化会館)
 
昭和62年9月18日 9月度本部幹部会(豊橋文化会館)
 
昭和62年9月20日 各部代表者会議に出席。中部の友の活躍と前進をねぎらいスピーチ。「中部広布の大勝利」を宣言(中部文化会館)
 
 


 
昭和34年10月3日 伊勢湾台風被災者の救援と激励に奔走(名古屋市南区・港区)。愛知会館へ
 
昭和40年10月4日 愛知県の班長・担当員との記念撮影会に出席。「うんと長生きし、福運を積んでいただきたい」と激励(愛知県体育館)
 
昭和43年10月14日 岡崎会館を初訪問。同行幹部と勤行。その後、第1回中部芸術祭に出席し、参加者を激励。女子部のコーラスに対し、「合唱団を結成してはどうか」と提案して「ゴンドラ合唱団」と命名。地元芸術部員による美術展も鑑賞(岡崎市民会館)。その後、幡豆町の三ケ根山スカイラインを上り、会員宅を訪問し、地域の友を激励
 
昭和51年10月4日 創立46周年ならびに初の「三重の日」(10・6)を記念する勤行会に出席し“常楽我浄こそ大乗の人生”と指導(三重研修道場)
 
昭和57年10月3日 第2回中部青年平和文化祭(四日市市陸上競技場)
 
昭和61年10月3日 中部池田平和記念会館を初訪問。3首の和歌を贈るなど地元・南区の同志を激励
第2回SGI世界教育者会議。50カ国のSGIの友が、中部20会場に分かれて交流交歓会。聖教新聞中部本社がオープン。
 
平成2年10月10日 第5回中部総会〈第2回全国女子部幹部会〉に出席。中国の「十八史略」等を通し指導。
 
平成3年10月19日 代表幹部と懇談し、どこまでも会員を大切にしていくリーダーにと指導(中部文化会館)
 
平成3年10月21日 第7回中部総会〈第14回SGI総会、第47回本部幹部会〉に53ヵ国・地域の代表と出席。敦煌の衰亡の歴史を通し、民衆主体の宗教を興隆させていく重要性を語り指導(中部池田記念講堂)
 
平成7年10月6日 第14回中部総会、中部青年部21世紀総会に出席。中部の同志に「傲慢な 弾圧はね除け 偉大なる 堅塁中部は 断固勝ち取れ」など3首の和歌を贈る(中部池田記念講堂)。
 
 


 
昭和38年11月16日 中部第3本部結成大会に出席し、「信心強盛に土性骨のある中部健児の心意気を示していただきたい」と指導。引き続き、代表幹部会に出席し激励(豊川市体育館)
 
昭和39年11月27日 中部総合本部が誕生
 
昭和44年11月4日 関ヶ原の合戦城址や鍾乳洞を視察した後、大垣会館を初訪問。勤行し、地域の友を激励。 第14回中部幹部会に出席し、「妙法をたもち実践した人は無名であっても光輝満つ最高の人生を送ることができると確信し、希望にあふれ、縦横無尽に進んでいこう」 など、「第2の10年」を目指しての成長を呼び掛けた(岐阜市・岐阜県民体育館)
 
昭和49年11月17日 全国の同志を迎え中部の地で開催された第37回本部総会に出席し講演。
「教育・家庭の年」への船出を告げる総会で、会長は、「学会は永遠に民衆の側に立った平和拡大の連続運動の道を走る」との基本路線を確認した後、 ①創価学会の存在意義②核兵器への姿勢③食糧問題 ④開かれた家庭 ⑤インフレについて ⑥生涯教育 ⑦御書運動、について語った。開会前、音楽隊、鼓笛隊のメンバーを激励(愛知県体育館)
 
昭和53年11月30日 三重研修道場を訪問
 
昭和56年11月29日 中部文化会館での勤行会に出席。これに先立ち各部代表と懇談(名古屋文化会館)
 
昭和61年11月7日 「創価学会創立記念日」を祝う中部代表者会議に出席。席上、第2回「中部総会」などの翌年開催が発表されたほか、10・5を「中部青年部の日」とすることが決定。6人材グループも結成(中部文化会館)
 
平成5年11月21日 中部広布40周年を記念する「祝賀大総会」〈第11回中部総会〉に出席。ケネディ大統領の平和論などを紹介し、「世界に開かれた大中部」「世界一の中部」にと、限りない期待を込めてスピーチ。 最後に、中部歌「この道の歌」の大合唱を、名誉会長自らが指揮(中部池田記念講堂)また、地元の「守る会」の友に「梵天も 帝釈天も 皆さまを 諸天と諸佛と 共々 守らむ」との和歌を贈った
 
平成7年11月19日 中部文化会館内の雪山会館で「荒城の月」「熱原の三烈士」「厚田村」「大楠公」の4曲をピアノ演奏。中部の未来構想を幹部と協議
 
平成9年11月24日 中部代表者会議に出席。「本当に頼りになる、すがすがしい中部になりました」「よく、ここまで頑張った。粘り勝ちの勝利だね」と。また「世間(の基準)は評判です。国家は賞罰です。仏法は勝負です。勝たなければ、本当の幸福はありません」と指導(中部文化会館)
 
平成10年11月14日 第18回世界青年平和文化祭に出席。「本当にご苦労さまでした満点の出来でした!」と賞賛
 
 


 
昭和28年12月12日 中部を初訪問し、名古屋班総合座談会に出席(名古屋市東区・妙道寺)
 
昭和37年12月15日 南区での中部幹部指導会に出席し、質問会形式で指導
 
昭和44年12月6日 第15回中部幹部会に出席し、「日妙聖人御書」「十字御書」の一節を拝し指導。妙法をたもち、真剣な実践を絶え間なく続けていく ところに、大境涯の確立、所願満足の人生の総仕上げがあると激励(刈谷市体育館)
 
昭和44年12月23日 松阪会館ならびに伊勢会館を訪問。松阪会館では「開目抄」の一節を、伊勢会館では「主師親御書」を拝し指導。その後、鳥羽市の宿舎で最高協議会に出席
 
昭和51年12月15日 中部の代表幹部と懇談(三重研修道場)
 
昭和53年12月3日 三重での12月度全国県長会議に出席。また三重、一志本部の友らと懇談(三重研修道場)
 
昭和58年12月16日 中部の代表を激励(中部文化会館)
 
昭和60年12月10日 中部池田記念講堂で第1回中部総会
 
平成4年12月15日 中部池田記念墓地公園を訪問
 
平成6年12月21日 西枇杷島町公民館を視察。また清洲城を訪れ、写真を撮影。第12回中部総会に出席(中部文化会館)
 
平成14年12月5日 第3回中部総会〈第23回本部幹部会〉に出席。「わが中部青年部が企画し、表現した『偉大な指導者 周 恩来』展は、日本全国はもとより、中国にも波動を広げた。中部のみなさん、ありがとう!」と感謝の言葉を述べる(東京牧口記念会館)